梨状筋症候群
今回は足の痛みが出る病気についての解説をします。
その名も「梨状筋症候群」・・・
聞いた事ない人が大半だと思います。しかし、実は坐骨神経痛として症状が出る病気の代表的なものの一つになります。
この病気の存在は古くから知られていたのですが、現在でも診断を確定する事が難しく、積極的に治療を行っている病院が少ないのが現状です。
そのため、確定診断が困難なため医師も患者さんに対してこの病名を告げる事があまりなく、「あなたは坐骨神経痛ですね」と言うことが多いです。
また片方の足の痛みが主症状となるため、椎間板ヘルニアと間違われて治療され、画像所見が一致しない、治療を行っても痛みが取れないことで「梨状筋症候群」と診断されることも少なくありません。
ではそんな梨状筋症候群について解説しましょう。
梨状筋症候群
病態
この病気は上でも書いている通り、1928年とかなり昔に見つけられた病気です。Yeomanらが仙腸関節周囲の炎症が坐骨神経に影響を及ぼし、症状を出す疾患があると報告したのが始まりです。
その後Freiburgらが梨状筋を切ることで症状が良くなったと報告し、1947年にRobinsonが梨状筋の解剖的破格(通常と異なること)の存在下に外傷が加わることで足の痛みが出る病気があり、これを「梨状筋症候群」と名付けたことでこの病名が広まりました。
なお、現在の梨状筋症候群の定義は
『坐骨神経が骨盤口部で圧迫や刺激を受け、坐骨神経領域に痛みや麻痺を呈する疾患群』
となっています。
現在でも約90%の症例で梨状筋または坐骨神経に解剖的破格を認め、これにより坐骨神経が絞扼(締め付けられている)ことが要因との報告があります。
解剖
では梨状筋と坐骨神経の解剖はどのようになっているのでしょうか?
通常の梨状筋は上図のように仙骨前面から大坐骨孔を通って骨盤外に出て大腿骨の大転子についている。一方坐骨神経はこの梨状筋の前面に接しながら大坐骨孔を通り、梨状筋と上双子筋(そうしきん)の間を通り大腿部へと降りていきます。
しかし、梨状筋症候群を罹患する患者では下図のような割合で破格(異常)を認めることがあります。(Type Aが正常)
さらに梨状筋も坐骨神経も問題がなくても大坐骨孔の形が円形ではなく楕円で小さい場合には相対的に梨状筋が大きくなるため、坐骨神経が大坐骨孔に押し付けられるように圧迫され、症状が出ることもあります。
誘因
この病気の発症誘因としては
- 軽微な外傷(最多)・・・打撲など
- 立ち座りの の繰り返しや硬い椅子に長時間の座わること
- スポーツ
- 腰椎の手術
が挙げられている。しかし、約6割の患者で明らかな原因となるものは存在せず、日常生活の中で発症している。
なぜ腰椎の術後に発症することがあるのかというと、中枢側(神経の上の方)での圧迫が解除され、その部分が良くなったとしても、それよりも下で神経が圧迫されている場合、それが症状として出ることがあると言われています。つまり今までは上の方が悪すぎて症状が出ていなかっただけ・・・
また大腿骨を骨折した時に行う手術(人工骨頭置換術)や股関節症に対して行う手術(人工股関節置換術)の後にも症状が出ることがあります。
症状
Robinsonという先生はこの病気の特徴的な症候として
- 臀部の外傷の既往
- 臀部から下肢に伸びる痛み
- 下肢牽引による痛み
- 梨状筋部のソーセージ様の腫瘤の触知
- ラセグー兆候の陽性
- 臀筋の萎縮
の6つを挙げていますが、これらが全て揃うことはまず無いです。
この中で注目する主な症状は坐骨神経領域の痛みであり、2の臀部から下肢にかけての痛み(下図の赤い範囲)です。
なお、この痛みの範囲が椎間板ヘルニアの好発部位であるL4/5、L5/Sでの症状と似ているため、腰椎疾患と間違われることが多いです。
見分けるポイントとしては(簡単な目安として)下記のものが挙げられます。
- 腰椎疾患は歩行で症状が悪くなり、安静にすると症状は軽くなる
- 梨状筋症候群は座位や立ち座りの動作で痛みが強くなるが、歩行では症状が軽くなる
診断
最初の方で書いているように、実はこの病気の確定診断はかなり難しいです。その要因としては下に書いている他覚的検査でこの検査が陽性であれば100%梨状筋症候群だ!と診断できるものがないからです。色々な検査を行い、相対的に診断することが多いです。
●徒手検査
SLR test:これは坐骨神経を牽引することで疼痛を誘発する検査方法になります。しかし、腰椎椎間板ヘルニアでも陽性になるため、診断の決め手にはなりません。
梨状筋テスト:これが陽性であればかなり梨状筋症候群が疑われます。しかし、なかなか陽性にならないのが悩みどころです。
腹臥位内旋テスト:腹臥位となり膝関節90度屈曲、股関節回旋以外は中間位とし、そこから足関節を把持し股関節内旋位にストレスをかけていきます。これは文献上は9割くらいの確率で陽性になるとの報告があり、かなり有用な検査と考えます。
●画像検査
画像診断においては過去にMRIやMRI neurographyによる検査が有用との報告を見たことがあり、私もMRIを撮ったことがあります。
しかし、現在はMRIで見ても異常を見つけることはほとんどできないと考えています。これは私の読影技術が足りてないことも要因ではありますが、画像診断科の医師に聞いても分かることの方が少ないと言われたので今は撮影すらしていません。
●生理学的検査
電気生理学的には通常の末梢神経の神経伝導速度や針筋電図では異常を認めることは少ないです。
しかし、末梢神経を電気刺激し頭皮上から誘発波を記録する短潜時体性感覚誘発電位(short latency somato- sensory evoked potential)が有用との報告もあります。文献上、かなり感度・特異度が高い(確定診断ができる!)ようなので今後手術まで希望される患者がおられれば検査してみようと思います。
治療
保存治療
もちろん最初に行うことは臀部への機械的刺激を減らすことであり、椅子が固い人はクッションを置くなどすることが治療のスタートになります。以下はそれを行った前提での治療になります。
●内服加療
NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)
ロキソニンやボルタレン、セレコックス、ロルカムなどが挙げられます。これは局所の炎症を抑えることで痛みを取る薬のため、梨状筋周囲の炎症をとることを期待して処方します。
筋弛緩薬
テルネリンやミオナールなどが挙げられます。これは梨状筋の攣縮の軽減を狙って処方します。
●運動療法
上記の内服加療でも改善が得られない場合に行うとの報告が多いですが内服加療と同時に行うことが早期治療につながると考え、私は最初からこれを指導します。
基本的に生まれた時から梨状筋と坐骨神経の位置は変わらないのに、10代以降に発症することが多いことを考えるとやはり筋肉の緊張が要因と考えられるため、筋肉を弛緩させることが大事と考えています。
ではどのようなことをするかというと
上図のように股関節を外旋させ、屈曲させる方法が効果的です。簡単に言うとお尻の筋肉を伸ばすようにすることです。
なお、痛みが強すぎてストレッチができない方はテニスボールなどをお尻の下に敷いてグリグリするだけでも効果があります。それでストレッチができるようになれば改めてストレッチに取り掛かってください。
この運動療法だけで80%近くの方が症状が和らぐとの報告もあります。
●注射療法
運動療法でも症状が改善しない場合に行います。
本来、ブロック注射を行う場合は神経の位置を正確に把握することが必要になりますが、エコーなどを使用しながら注射することは外来の時間的にもなかなか難しいことがあります。
そこで大腿骨大転子と坐骨結節(下図の青四角)を通る線の交差点(赤丸)で坐骨神経と梨状筋が交差することが多いため、この点を中心にできるだけ坐骨神経に針を当てないよう周囲から麻酔薬を浸潤させるように数か所に分けて局所麻酔+ステロイドを注射します。
約25%の程度の人が注射で完全に良くなるとの報告もあります。
しかし、このブロック注射は薬物療法や運動療法が効いていない人に行うものであるため、すべての患者に行うともう少し確率は上がると思われます。
手術加療
注射をしても良くならない場合は手術しかありません。
手術は全身麻酔下に患者をうつ伏せにし、梨状筋と坐骨神経をしっかり展開し、坐骨神経を圧迫している部位の梨状筋を完全に切除する方法になります。
この時しっかり梨状筋と坐骨神経を出さずに梨状筋の付着部のみを切ってしまうと解剖の項目で書いているType dのような症例では切り離した梨状筋に坐骨神経が引っ張られることでより症状が増悪する可能性もあるからです。
手術を行った症例では約90%の方が良くなるとの報告が多いです。
しかし、手術では坐骨神経の圧迫を取っているだけであり、坐骨神経そのものを治しているわけではないため、手術直後から症状が劇的に改善するのではなく、数か月から1年程度かけてゆっくり症状がなくなることが多いです。
以上が梨状筋症候群の説明となります。
あまり聞きなれない病気のため、もし周りで「坐骨神経痛様の症状で腰の治療をされているけど良くならない」という人がおられたら、この疾患のことを教えてあげてください。
ではでは!!
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